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息苦しいという、新中学生になる子がいらっしゃいました。
少し前から咳が止まらなくなり、3日ほど前になって、やっと咳が止まったと思ったら、今度は胸が息苦しくなったということでした。

お母さんから見ると、何だかアレルギーではないかという予想で、これは健匠館だなと連れてきてくれたのです。
そしてその予想は、確かにその通りでした。

検査の結果出てきた第一原因は、黄砂アレルギーです。
つまり、近頃考えていたストレスが黄砂と結びつき、最近多発している黄砂アレルギーとなってしまった訳です。

では、どのストレスが黄砂アレルギーを引き起こしてしまったのでしょうか。
深く調べてみると、「模試なんかするな!」という心の声が聞こえてきました。

どうやら学習塾での模試がストレスになっていたようで、一緒にいらしたお母さんからも、「そう言えば、塾の模試あたりから、咳が出だしたんですよね」との事でした。

最近の小学生は大変です。
私の子ども時代と比べると、とにかく忙しすぎるのです。

そして「その忙しさは、本人の都合ではない」というところが、大人の持つストレスとの違いのような気がします。
自分に「課せられた結果」の基準は、全てが大人の都合で決められてしまうからです。

今回のケースでは、黄砂のアレルギーとそれ以外にも吸引系のアレルギー、また、それらアレルギーに関わるストレスの浄化を行うことにより、症状は解決しました。
もちろん黄砂は困りものですが、子どもを襲うストレスは本当に大変だと考えさせられました。

 

ちなみに、私の小学生時代を振り返ると、あまり宿題をさせられた覚えがありません。
全くのゼロではないと思いますが、今の小学生のように毎日ではなく、多分かなり低い頻度でしか、宿題が出なかったのだと思います。

そんな体験しかないせいか、自分の子供がテーブルで宿題をしているのを見て、少し可哀想になることもあります。
子どもが勉強している時間、私はいつも晩酌中なので、「大人っていいよなぁ?」とつくづく実感させられますね。

少し前に聞いた話ですが、一般家庭における教育費の支出が、家計の36%を占めているというデータを聞きました。
詳しく調べたわけではないので、データとなった家庭の年収も年齢層も分かりませんが、それほど子供の学習に対する親の意欲が高いという例にはなると思います。

期待を一身に背負わされている子供にとって、「親の期待」とは絶対的に近い強制力があります。
「もの凄くお金がかかっていると思うと、もう後には引けない」と、お子さんを塾に通わせている方から、そんな言葉も聞いたことがあります。

ただ・・・私も親として、時々考えるんですよね?
自分の幸せや願望のために、子どもに無理をさせている部分が、自分にあるかも知れないなぁ・・・って。
実際、過去を思い出すとありましたからね・・・(苦笑
「あなたのため」という個人的な正義は、珍しくない頻度で、ついつい「やらかしてしまう」んですよ

ただ申し訳ないけど、宿題をしている横でいただくお酒が美味しいのは、「大人になった」という特権階級的な満足感かもしれませんね。
本当に本当に、大人になってよかったですよ。

「今は勉強とか色々と大変だけど、早く大人になって、美味しそうにお酒が飲める身分になりたい!」
そう思われるような親になることが子供の幸せだと信じ、今日も美味しいお酒をいただこうと思います。(笑