a0008_001849

「過食を何とかしたい」とのご相談がありました。

過食にも様々な原因があります。
よくある原因は、主に2つ。
心理的な欲求不満を食べて満たすタイプと、外敵から身を守るために、体に脂肪の鎧を着て守るタイプの2つです。

今回のご相談をみてみると、どうやら前者の「欲求不満を食べて満たすタイプ」のようです。
それは仕事上の不満に対するものでした。

仕事でチームを組んで、様々な計画を立て実行するも、なかなか思うように進まず、イライラしていました。
どうして理想的な状況が手に入らないんだという不満が、過食に走らせていたわけです。

そこで私は「たまには、自分をねぎらってあげるのも良いんじゃないですかね」とお伝えしました。
すると「良い結果が出ていないのに、誉めにくいですよね」と言われてしまいました。

この誉めにくいという所に、「ねぎらう」という言葉の意味が間違って捉えられていることが分かります。
ここで言う「ねぎらう」とは、誉めるという意味とは違うからです。

ねぎらうとは、簡単にいえば「こんな苦労をしている」と認めるだけ。
大変だった、苦労をした、辛かったということを、当の本人が認められるように仕向ける作業です。

多くの人にとって、「結果が出た=努力した」であり、逆に「結果が出ていない=努力をしていない」と考えてしまう傾向があります。
しかし、かなり苦しんで努力をしたにもかかわらず、結果が出ていないからといって「努力してない」と思ったとしたらどうでしょう。
恐らく、「これだけ苦労して上手くいかないなんて、やってられない」と思ってしまうのではないでしょうか。

以前何かで読んだことがあるのですが、誰かが会社を辞める時、その理由でかなり上位に来るのが「自分の努力を認めてくれない」という思いだそうです。
いくら苦労しても「結果が出ていないんだから、もっともっと頑張れ」といわれるだけでは、精魂尽き果ててしまいます。

せめて「頑張ってるね」と一言声をかけてもらえたとしたら、少しだけど努力は報われるわけですから、もう少し頑張ってみようと思えるのです。
そしてこの言葉が「ねぎらい」なんですね。

先ほど(実は初めてですが)、辞書で「ねぎらう」を引いてみると、「労を謝する」とありました。
「労」とは、あることのために力を尽くすこと。
「謝する」とは、感謝することとありました。
さすがは広辞苑、グッジョブですね(笑

ねぎらいとは、心の栄養です。
心の栄養は過食では満たせませんから、ねぎらってあげることで、ちょくちょく小腹を満たしてあげる事が必要です。

もちろん仕事なので、結果を出すことは重要ですから、結果がまだ出ていないというのは問題でしょう。

しかし結果が出ないからといって、その努力してきた事実まで否定する必要はありません。
結果が出ていないときにするべき事は、大方は努力の量を増やすことではなく、努力する方向と手段を考えることです。
その考えるべきことに対してヤル気を出すためにも、ねぎらうことが必要なんですね。

ああ?、今日も頑張ったわ?
帰って、美味しくお酒をいたきましょうかね?!

そうやって、いつも自分をねぎらっている私です。
そのお陰で、今日も頑張れているというわけです。(笑

このページを読んだ人は次の記事も読んでいます